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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)10593号 判決

原告 立川恵一

右訴訟代理人弁護士 杉内信義

同 木下良平

被告 平野幸一

主文

被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物を明渡し、かつ、昭和五三年一一月六日から右建物明渡しずみに至るまで一ヶ月金一万二、〇〇〇円の割合による金員を支払え。

被告は、原告に対し、金三五万四、〇〇〇円及びこれに対する昭和五三年一一月六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分にかぎり、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  主文一項と同旨。

2  被告は、原告に対し、金四五万六、〇〇〇円及びこれに対する昭和五三年一一月六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行の宣言。

二  被告

原告の請求を棄却する。

第二当事者の主張

(請求原因)

一  原告は、昭和五〇年四月二四日、被告に対し、別紙目録記載の建物(以下「本件建物」という)を、次の1ないし4の各約束のもとに賃貸して引渡した。

1 賃料 月額金一万二、〇〇〇円(翌月分を毎前月末日に持参払)。

2 期間 二年間。

3 賃借人である被告は、本件「建物の内外を問わず危険又は悪臭を放つ物品を持ち込み又は作業をし或は騒音、泥酔、放歌等、人員を叫合して大声を発し、風紀を紊し、動物を飼育して他人に迷惑を及ぼす行為を一切しないこととする。」

4 被告が右3の定めに違反する行為をなし、その反省を求める原告の要求に応じないときは、原告は、催告を要せず本件賃貸借契約を解除することができる。

二  被告は、本件建物に入居した直後から、次のような言動に出て、原告や近隣建物の居住者らに対して多大の精神的苦痛ならびにその他の迷惑等を蒙らしめている。

1 被告は、連日のように午後一一時半ころ帰宅してから翌日午前二時ころまでに至る深夜に、本件建物の内外から両隣りの隣人や本件建物の裏側にある原告所有の「晴美荘」アパートの居住者らに向かって、怒号、罵声を浴びせかけている。

2 すなわち、訴外保坂巌は、原告から本件建物の南隣りにある原告所有の建物を賃借してこれに居住していたが、右1のように連夜のように被告から「保坂の泥棒野郎」とか「保坂の馬鹿野郎」と大声で怒鳴り散らされるため、妻が神経衰弱になったのみならず長男も勉強ができない有様になって、昭和五三年三月には他に転居してしまった。

3 また、原告から賃借して前記「晴美荘」アパートに入居していた居住者らも、連夜のごとく被告から「晴美荘の人間は泥棒だ」とか「ドロボウ」、「バカヤロウ」などと怒号、罵声を浴びせかけられるため、昭和五一年一月から昭和五三年三月ころまでの間にことごとく他に転居してしまい、「晴美荘」アパートには現在まったく居住する者がいない。

4 そしてまた、被告は、現在に至るも、本件建物に隣接する杉田宅やその他の隣人らに対し、相変わらず連夜のように「ドロボウ」とか「バカヤロウ」などと怒鳴り散らしている。

三  原告は、被告の前記のような言動について、本件建物の近隣の者や「晴美荘」アパートの居住者らから賃貸人として善処するよう強い申入れを受けたので、被告に対し、再三にわたって右のような言動をしないよう注意したが、被告は、いっこうに聞きいれない。

四  被告の前記言動は、原告が本件賃貸借契約の更新を拒絶する正当事由に該当する。

そこで、原告は、本件賃貸借の期間満了前六月ないし一年内にある昭和五一年一〇月初旬、被告に対し、口頭で本件賃貸借契約の更新を拒絶する旨通知し、かつ、右期間満了後ただちに、依然として本件建物に居住する被告に対し、その居住することに異議があることを述べた。

よって、本件賃貸借は、昭和五二年四月二三日の経過により、期間満了して終了した。

五  前項の主張が採用されないとしても、被告の前記言動が前記一項・3の約束に違反することは明らかであり、また原告から再三にわたる注意を受けたにもかかわらず被告が前記のような言動をとり続けて今日に至っているので、原告は、前記一項・4の約束に従い、本件訴状の送達をもって本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、右訴状は、昭和五三年一一月五日、被告に送達された。

よって、この点からも本件賃貸借は終了した。

六  原告は、被告の前記のような言動によって、次のような損害を蒙った。

1 原告は、すでに触れたように、本件建物の南隣りにある一戸建建物一棟及び本件建物の裏側にある「晴美荘」アパートを所有し、これらを次のとおり訴外保坂巌らに対して賃貸していた。

(一) 「晴美荘」アパート二号室を訴外河野孝幸に賃料月額金八、〇〇〇円で賃貸。

昭和四九年六月一八日から昭和五二年七月末日まで。

(二) 同六号室を訴外青山兼一に賃料月額金八、〇〇〇円で賃貸。

昭和五一年八月五日から昭和五二年八月四日まで。

(三) 同七号室を訴外矢吹進に賃料月額金八、〇〇〇円で賃貸。

昭和五一年五月一日から昭和五三年三月三〇日まで。

(四) 同八号室及び一〇号室を訴外石井満に各賃料月額金八、五〇〇円、合計金一万七、〇〇〇円で賃貸。

昭和五二年五月一日から同年八月末日まで。

(五) なお、アパート一号室、三号室ならびに五号室は、昭和五〇年四月以降空室のままであるが、これらを他に賃貸する場合、賃料は他室と同額にする予定であった。

(六) 本件建物の南隣りにある一戸建建物一棟を訴外保坂巌に賃料月額金一万八、〇〇〇円で賃貸。

昭和五〇年五月二〇日から昭和五三年三月末日まで。

2 なお、右アパート各室(四号及び九号は欠番)の賃料は、右1・(四)のとおり、昭和五二年五月以降に新規に賃貸借契約を締結する場合には、月額金八、五〇〇円と定めることにした。

3 ところで、被告の前記二項のような言動が、右1の各賃借人らを含む近隣の人々の日常生活の平穏を害し、その受忍限度を超える違法な行為であることは明らかであり、この被告の違法な行為によって、原告所有の訴外保坂巌に賃貸していた建物及び「晴美荘」アパートの各室は、通常人が平穏な日常生活を送る場所としての効用価値を失わしめられた。

すなわち、右の賃借人らは、いずれも被告の言動にあって日常生活の平穏を保持できず、右1・(一)ないし(四)ならびに(六)の各末尾記載の年月日にそれぞれ転居してしまい、以後、相変わらず継続してなされる被告の同様な言動のため、新たに前記建物や「晴美荘」アパートを賃借する者などいないままである。

4 以上により、原告は、少なくとも昭和五三年四月一日から同年九月三〇日までの六ヶ月間、訴外保坂巌に賃貸していた建物及び「晴美荘」アパートの八室を他に賃貸することができず、これらを賃貸していたら得るであろう次の合計金五一万六、〇〇〇円の賃料相当金額を得ることができず、これと同額の損害を蒙った。

(一) 訴外保坂巌に賃貸していた建物

金一万八、〇〇〇×六ヶ月=金一〇万八、〇〇〇円

(二) 「晴美荘」アパート

(金八、五〇〇円×八室)×六ヶ月=金四〇万八、〇〇〇円。

なお、各部屋の賃料は、前記2に照らして月額金八、五〇〇円として算出した。

七  よって、原告は、被告に対し、本件建物を明渡し、かつ、本件訴状送達の日の翌日である昭和五三年一一月六日から本件建物明渡しずみに至るまで一ヶ月金一万二、〇〇〇円の割合による約定賃料相当損害金を支払うよう求めるとともに、前記六項の損害賠償金五一万六、〇〇〇円の内金四五万六、〇〇〇円及びこれに対する同じく本件訴状送達の日の翌日である昭和五三年一一月六日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うよう求める。

(請求原因に対する認否)

一  請求原因一項の事実を認める。

二  同二項の事実を否認する。

三  同三項の事実中、原告がその主張のような申入れを受けたことは知らないが、その余の事実を否認する。

四  同四項の事実中、被告が昭和五二年四年末ないし同年五月初旬ころに原告から本件建物に居住することについて異議を述べられたことはあるが、その余の事実を否認する。

五  同五項の事実中、被告に同一項・3の約束に違反する言動のあること、被告が原告から再三にわたる注意を受けながら原告主張のような言動をとり続けていること、以上の事実を否認する。

六  同六項の損害発生の事実を争う。

第三証拠関係《省略》

理由

一  請求原因一項の事実は、当事者間に争いがない。

二  《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができ、反対の証拠はない。

本件建物のほぼ西隣りには、原告が訴外保坂巌に賃貸していた原告所有の平家建建物(以下「保坂宅」という)が存在し、また、本件建物の南隣りには、同じく原告所有の各階四室ずつ(一号ないし三号室、五号ないし八号室、ならびに一〇号室。四号及び九号室は欠番)を有する二階建共同住宅で「晴美荘」と称する賃貸アパートが存在している。そして、これら本件建物等の三棟の建物は、いずれも原告所有の二九一・九三平方メートルを有する東京都足立区西新井二丁目一一番一六号の同一宅地上に存在し、これら建物の形状、相互の位置関係、ならびに杉田宅を始めとするその他の隣家と本件建物との位置関係は、別紙添付図面のとおりである。付近は、夜になると静かになるところである。

三  《証拠省略》によると、次の各事実を認めることができ、反対の証拠はない。

1  原告は、被告が本件建物に入居した昭和五〇年四月二四日から一、二ヶ月経過したころの夜、すでに昭和三八年ころに原告から賃借して保坂宅に居住していた訴外保坂巌から、被告が大声で歌っているので被告に注意してもらいたいとの申入れを受け、すぐさま本件建物に出向いてなお大声で歌っている被告を近くの喫茶店に伴い、そこで被告に近所迷惑だから騒がないようにと重々に注意した。

2  しかし、被告は、その後まもなくして以前よりも一層騒ぎたてるようになり、保坂がこれを注意、制止しても聞きいれないようになった。すなわち、被告は、午後一一時ころに本件建物に帰ってくると、しばしば隣家の保坂宅に向かって大声を発し、保坂から注意されると却って「保坂のバカヤロウ」、「保坂のドロボウヤロウ」などと怒鳴る始末で、いっこうに騒ぎを止めようとせず、この騒ぎは翌日の午前二時半ころまで続くばかりか、早朝の午前六時半から午前一〇時ころまでは、今度は「西新井の者はドロボウだ」とか「西新井の者はチャリンコだ」とか大声でいいたてる有様であった。そしてまた、被告は、しばしば深更に「晴美荘」アパートに向かって「晴美荘の人間はドロボウだ」などと大声で呼びかけるばかりか、たまたま見かけたり出会ったりする隣家の杉田や保坂の子息に「杉田のバカヤロウ」とか、「ドロボウの息子」などといったりもする始末である。このような被告の言動について、原告は、被告が騒いでいる現場に何度となく赴き被告に騒ぎを止めるよう注意し、また連絡によってかけつけた警察官が被告を制止する一幕もあったが、被告は、相変わらず右のような言動を取り続けて、今日に至っている。

3  以上のような被告の言動からしばしば引起される騒ぎにあって、本件建物の近隣の住人達は、安眠を妨害されたり勉強を妨げられたりなどして、昭和五三年三月末には、被告の言動に耐えかねた訴外保坂や「晴美荘」アパートの住人らは、ことごとく他に転居してしまい、以後、保坂宅や「晴美荘」アパートを賃借しようとする者は皆無である。

四  そこで、請求原因四項について検討する。

なるほど、原告本人尋問の結果によると、原告が昭和五一年一〇月初旬に被告に本件建物から出ていってほしいと口頭で申入れた事実を認めることができるが、前記三項に認定した被告の言動、さらには当事者間に争いのない請求原因一項・3の約束などを考慮すると、原告の右申入れが、本件賃貸借契約の合意解約の申入れ、あるいは、解除の意思表示としてなされたと解しうる余地がないではなく、これを借家法二条一項にいう更新拒絶の通知であると解するには、なお躊躇するところである。

よって、その余の点について判断するまでもなく、更新拒絶によって本件賃貸借が期間満了によって終了したとの原告の主張は、採用できない。

したがって、請求原因一項の事実に照らし、本件賃貸借は、昭和五二年四月二四日に法定更新され、以後、期間の定めのないものとして存続していることになる。

五  進んで請求原因五項について検討する。

本件賃貸借契約において特約された請求原因一項・3の約束は、要するに賃借人である被告が本件建物を使用収益する用法について特に付せられた制約であって、それ自体不合理な制約とはいえないから、被告がこれに違反したときには、債務不履行の責任を問われてもやむをえないところである。

そして、前記三項において認定した被告の言動は、同じ前記二項に認定した本件建物と隣家との位置関係等を合わせ考えると、まさに右特約において制約された騒音ないし大声を発して他人に迷惑を及ぼす行為にほかならず、隣人らが通常の隣人関係において受忍すべき限度を超えるものと認めてよい。また、前記三項に認定したように、原告が被告に右のような言動を止めるようにしばしば注意したが、被告がこれをまったく聞きいれずに今日に及んでいるから、原告と被告との間で本件賃貸借を継続していくに足りる信頼関係は、今や著しく破壊されているというべきである。

このようにして、遅くとも本件訴訟記録から明らかな本訴が提起された昭和五三年一〇月二八日には、原告が請求原因一項・4の約束に従って解除権を行使する根拠が備わったといえる。そして、本件訴訟記録によれば、原告が本件訴状をもって、被告に対し、右約束に従い本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、本件訴状が同年一一月五日に被告に送達されたことを認めることができるから、これにより、原告と被告との間の本件賃貸借は終了したというべきである。

六  次に、損害賠償請求について判断する。

1  前記三項において認定した事実に、《証拠省略》を合わせ考えると、次の事実を認めることができ、反対の証拠はない。

原告は、その所有にかかる保坂宅と「晴美荘」アパートの居室を、次のとおり訴外保坂巌らに賃貸していた。

(一)  右保坂に対し、昭和三八年ころから保坂宅を賃貸し、同人から昭和五〇年五月二〇日以降賃料月額金一万八、〇〇〇円の支払を受けていた。

(二)  訴外河野孝幸に対し、昭和五一年六月一八日から「晴美荘」アパート二号室を、訴外青山兼一に対し、同年八月五日から同アパート六号室を、訴外矢吹進に対し、同年五月一日から同アパート七号室を、いずれも賃料月額金八、〇〇〇円、期間を二ヶ年との各約束で賃貸していた。

(三)  訴外石井満に対し、昭和五二年五月一日から同アパート八号室及び一〇号室を、賃料を各室につき月額金八、五〇〇円、期間を二ヶ年との約束で賃貸していた。

ところが、前記三項に認定したような被告の言動にあって、これに耐えかね、訴外保坂は昭和五三年三月末日、同河野は昭和五二年七月末日、同青山は同年八月四日、同矢吹は昭和五三年三月三〇日、同石井は昭和五二年八月末日、いずれも他に転居してしまい、以来、新たな借り手が現われないまま、保坂宅は空家、「晴美荘」アパートの合計八室はすべて空部屋となって今日に及んでいる。

2  ところで、すでに説示したとおり、前記三項に認定したような被告の言動が、隣人らに対する関係で同人らが平穏な日常生活を営む権利を侵害する不法行為であると認めるべきことはもちろんのこと、原告所有の保坂宅や「晴美荘」アパートの各室が有するところの通常人が平穏な日常生活を送る場所としての効用価値を失わしめ、延いては原告がこれら物件を他に賃貸することを不可能ならしめるものであることも明らかであって、この点において、原告に対する関係においても不法行為になるものと認むべきである。

したがって、被告は、保坂宅と「晴美荘」アパートの効用価値を失わしめたことによって原告が蒙った損害、すなわち、原告が保坂宅や「晴美荘」アパートの各室を他に賃貸できなくなったことにより得ることができなくなった賃料相当の金員を賠償すべき責任がある。

3  損害額について検討する。

右1の認定事実によれば、もしも被告の不法行為とみるべき言動がなかったならば、訴外保坂、同河野、同青山、同矢吹ならびに同石井らが、遅くとも昭和五三年三月末日までに各賃借物件からことごとく退去して他に転居してしまうようなことをせず、なお少なくとも同年四月一日から同年九月三〇日までの六ヶ月間は、継続して各賃借物件を従前どおり賃借し約定の賃料を原告に支払ったであろうと推認できる。しかるに、実際には、訴外保坂らが同年三月末日までにすべて他に転居してしまったことはすでに説示したとおりであるから、原告は、右の六ヶ月間にわたって、訴外保坂らから支払を受けるはずの約定賃料、すなわち、訴外保坂から月額金一万八、〇〇〇円、同河野、同青山、同矢吹の三名から各月額金八、〇〇〇円ずつ、同石井から月額金一万七、〇〇〇円、以上合計月額金五万九、〇〇〇円の割合による約定賃料の支払を受けることができず、結局、右合計月額の六ヶ月分にあたる金三五万四、〇〇〇円の損害を蒙ったものと認めることができる。

ところで、原告は、前記のとおり「晴美荘」アパートのうち訴外河野らに賃貸していた各室以外の一号室、三号室ならびに五号室の三室についてもこれらを他に賃貸しえたこと、さらに原告が昭和五二年五月以降は各室の賃料を月額金八、五〇〇円と定めて賃貸することにしていたことなどを主張して、これを根拠にして損害額を算定している。しかし、これらの主張は、次に説示するとおり、すぐには採用し難いものである。

すなわち、《証拠省略》によれば、原告主張の右三室は、もともと日当りがよくないこともあって、従来からあまり借り手がおらず、現に被告が本件建物に入居した昭和五〇年四月ごろには空室のままであったことが認められるから、たとえすでに説示したような被告の言動がなかったにしても、右三室について、昭和五三年四月一日から同年九月三〇日までの間に借り手が現われる見込みは、さほどにはなかったというほかはあるまい。そうだとすると、右三室をも他に賃貸しえたことを前提にして損害額を算定し、これの賠償を求めても、これをすぐに採用することなどできないというほかはない。また、《証拠省略》によれば、原告が昭和五二年五月以降は「晴美荘」アパートの各室の賃料を月額金八、五〇〇円と定めて賃貸することにしており、現に八号室及び一〇号室の賃借人である訴外石井に対しては右の定めに従って賃貸したことが認められる。しかし、訴外河野、同青山、同矢吹の三名が、昭和五二年五月以降、他に転居するまでの間に原告が予定したような賃料の値上げに応じたことを認めることのできる証拠はないのみならず、同訴外人らが他に転居することなく約束の期間満了までそれぞれ賃借し引続き更新によって賃借したとしても、この間に同訴外人らが右のような賃料値上げに応じたであろうことをうかがわせるに足りる証拠もない。したがって、昭和五二年五月以降、各室の賃料が月額金八、五〇〇円となることを前提に損害額を算定しても、これまたすぐには採用することができないというべきである。

よって、原告の求める金四五万六、〇〇〇円の損害賠償は、金三五万四、〇〇〇円の限度で正当であり、その余は失当である。

七  以上のとおりであるから、原告の本訴請求中、被告に本件建物の明渡し及び本件賃貸借が解除により終了したときよりものちの日である本件訴状送達の日の翌日の昭和五三年一一月六日(すでに前記五項において認定したところから明らか)から明渡しずみまで一ヶ月金一万二、〇〇〇円の割合による約定賃料相当額の損害金の支払を求める部分は、すべて正当であるからこれを認容すべきであるが、被告に逸失利益の賠償を求める部分については、被告に金三五万四、〇〇〇円及びこれに対する同じ本件訴状送達の日の翌日の前掲の日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において正当として認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきである。

よって、民事訴訟法九二条、八九条、一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤敬夫)

〈以下省略〉

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